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近藤 勇(こんどう いさみ):新撰組隊長剣法の流派「天然理心流」の四代目家元。当時江戸では、同流派は、花形であった北辰一刀流という剣法と比べ田舎剣法と見下されていたましたが、その殺人的な力は他を圧倒していました。 1863(文久3)年の14代将軍徳川家茂の上洛に伴い、その一行を警護するため幕府が募集した浪士隊、近藤勇の一党は採用されました。入洛後、近藤勇らは、壬生村を拠点に新撰組を新たに結成し、当時治安が悪くなっていた京都の警衛をしました。 近藤は、自らのげんこつを口の中にいれる芸当ができ、同じことができた加藤清正以上に出世してみせると酒の席で豪語していたそうです。壬生寺境内にある胸像を見ればそういう逸話も信じる気になります。 しかし、そんな豪傑も、最後は政府軍との戦いに敗れ、遁走の後下総国流山で捕らえられ、斬首という最期をとげました。享年35歳。 ここでは新撰組ゆかりの地をご紹介いたします。 |