坂本龍馬(1836〜1867)は土佐(高知県)の出身ですが、京都にとてもゆかりの深い人物です。日本の未来のために仲間とともに京都に集い、新しい日本のために計画をたてたり、幕府や朝廷の要人と面会したりと忙しく働きました。最愛の妻・お龍(りょう)と出会ったのも、31年の短い生涯を突然終えることになったのも京都でした。現在も、龍馬の残した足跡を京都のあちこちに見ることができます。龍馬が未来の夢を抱いた地・京都をテーマに自主研修してみませんか。

寺田屋
てらだや
龍馬が来京の度に好んで泊まった旅館。跡地に再建されたものですが、今も営業を続けており、泊まらなくても見学が可能です(入場料小200円、中高300円が必要)。龍馬が使ったピストルのレプリカや肖像画が飾られ、多くの龍馬ファンが訪れる場所です。後に龍馬の妻となるお龍(おりょう)が刺客の接近に気づき急いで伝えに行ったので(入浴中だったため全裸だった)、龍馬は九死に一生を得たというエピソードが残っています。
坂本龍馬・中岡慎太郎遭難之地
さかもとりょうま・なかおかしんたろうそうなんのち
京都市中京区、繁華街の店先に建つ石碑です。ここは龍馬と、同郷の士・中岡慎太郎が暗殺された場所。当時は近江屋という醤油店でした。万一のとき裏から逃げられるように、その醤油店の土蔵に匿われていたそうです。襲われたのは龍馬・中岡のほか家来の藤吉。龍馬は即死、藤吉は翌日、中岡は翌々日に亡くなったといわれています。龍馬の受けた傷は脳みそが吹き出すほど深いものだったそうです。
すや
同じく京都市中京区にあり、酢屋嘉兵衛という人が営む材木店でした。玄関に「坂本龍馬寓居跡」という石碑が建っています。木製の工芸品を扱うお店として現在も営業を続けており、二階に「ギャラリー龍馬」を設け遺品などを展示・公開しています。ここは当時、龍馬が率いていた「海援隊」の隊士たちを多くかくまっており、後に外務大臣となった陸奥宗光なども宿泊した記録があります。命日の11月15日前後を中心に龍馬に関するイベントや展示が行われているので、訪問の際はあらかじめ調べてから行ってみましょう。
坂本龍馬の墓
京都市中心部からやや東・霊山護国神社(りょうぜんごこくじんじゃ)敷地内の見晴らしのいい場所に龍馬の墓はあります。現在も墓前にファンの姿が絶えることはなく、永遠の龍馬人気を象徴する場所です。神社境内は見学無料ですが、お墓スペースは入場料小中200円、高300円が必要です。龍馬と中岡慎太郎は同じ敷地に葬られており、その他木戸孝允や橋本左内はじめ、幕末の志士たち千人余のお墓があります。
りょうぜんれきしかん
幕末をテーマにした博物館。近代史に興味にある人はぜひ行ってみましょう。龍馬関連の展示としては、殺害のときに使われた刀や銅像、家族に宛てた書簡などがあります。特別展の期間は入場料が変わりますので、念のため確認してから訪問してください。
まるやまこうえん
龍馬・慎太郎の等身大の銅像があります。龍馬は立っていて、慎太郎は座っています。その理由は龍馬が当時としては長身の172cm、慎太郎は150cmと小柄だったので、バランスをとっているからといわれています。
坂本龍馬妻・お龍 独身時代寓居跡
龍馬の妻であったお龍ゆかりの地として木屋町六角下る東側に石碑が建てられています。龍馬と結婚する前に、ここで家族と暮らしていたことがあるようです。
龍馬をテーマに京都を訪ねるなら、事前学習として龍馬に関する本を読むのもいいでしょう。龍馬を扱った書籍はたくさんあります。以下は一例ですので自分で探して、お気に入りの一冊を見つけてください。
『坂本龍馬 岩波新書 新赤版』
松浦 玲 2008.11刊
『坂本龍馬歴史大事典 別冊歴史読本』
新人物往来社 2008.10刊
『司馬遼太郎歴史のなかの邂逅3 坂本竜馬〜西郷隆盛』
司馬 遼太郎/著 中央公論新社 2007.6刊
『爆笑問題が読む龍馬からの手紙』
爆笑問題/著 情報センター出版局 2005.7刊
『龍馬の翔けた時代 その生涯と激動の幕末』
京都国立博物館 京都新聞社 2005.7刊
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